* 「看守と囚人〜束縛と解放〜」 作 : 道行マリル 様


「全く、いつの間にこんなことになっていたのやら」
呆れたように、部屋の入り口の影に身を隠したまま私は呟いた。
呟くとは言えど、部屋の中の人物に十分聞こえる声で。
「・・・!」
一瞬、部屋で息を飲む雰囲気。
そして続いて、
「いつからいたんだよ」
そんな言葉がこちらから投げられる。
「いつから?そうだね・・・『彼女』が怒鳴ってるあたりかな?」
言いながら私は部屋の中に移動した。
部屋の中には一人の青年が壁にもたれかかり座っている。
「それってほとんど最初からじゃねーか・・・」
彼は長い黒い髪をかきあげながら私から視線を逸らしつつ呟いた。
「気がつかなかったのかい?」
「お前、ずっと気配消してただろ・・・」
彼の言うとおり。
『彼女』と彼が話をしている間、私はずっと気配を消していた。
気配は愚か、自身が持つ魔力も闇に飛散させ、
加えて、『彼女』が帰るときには、本当に僅かな時間だが姿さえも消した。
しかし。
「この程度の魔法さえ破れないとは」
そう、彼があの程度の魔法に気がつかないわけがないはずだ。
ここが光の力を帯びた塔であるとはいえ。
「・・・反論のしようがない。」
「・・・今日はずいぶん大人しいね」
あちらがこのペースでは、こちらも幾分か調子が狂う。
「仮にあんたが気配を消さずにいたとしても、多分俺は気づいてなかった。
 目の前のあいつに、完全に気を惹かれてたからな。」
「・・・」
今日何度目かわからない溜め息。
「大体あんたは何でここにいるんだ。忙しいんだろ、研究員さん」
皮肉がたっぷり篭められた(しかしどこか威勢不足の)彼の発言に、
私は顔を更に曇らせ、返答する。
「その忙しい研究員の仕事を増やしたのは君だろう?
 全く、前日が闇空だったから外に出たのだろうけど、
 日が昇った後まで外にいたら、こちらだって気がつかないわけがないだろう。
 こちらと、君を監視する立場にあるんでね」
「・・・ソウデスカ」
「ここに来たのが私じゃなかったらどうするつもりだったのだい?
 他の研究員が来る事だって大いにあったはずなのだよ」
私は彼の前で、彼を見下ろすように問いかける。
「・・・その時は、それまでだってことだ。
 その方が、『この世界の』将来的にはよかっただろうな。
 あんたは、そこまで来ておいて結局何もしなかったんだから
 他のやつらからしたら裏切りにあたるんじゃねーか?」
彼の反撃。
私は一呼吸置いて、返答を返す。
「だから悩んだよ。二つの立場の狭間でね。
 研究者として、そして・・・私自身の血の狭間で。」
「ふぅん」
「いや・・・それ以外にもあるかもしれないね」
「へぇ?」
「まあ、それは言葉にはしにくいけれど・・・
 いずれにせよ、あの場で出て行くのは色んな意味で躊躇われたよ」
「そりゃ気遣いどーも」
「別の君のためじゃ・・・」
「じゃあ誰のためだよ」
一通りの言葉の応酬の後、しばらくの沈黙。
彼の紫の瞳と、私の蒼い瞳がぶつかりあう。
沈黙を破ったのは、私。
「『彼女』のためかな」
「・・・そういうことにしておいてやる」
「嘘は言ってないよ?」
「だろうな。それに、あの場でお前が出てきたら
 あいつにお前は嫌われただろうし。
 ・・・それはそれで楽しそうだけどな」
くくっと喉の奥で笑う彼。
「私は全く楽しくないね。
 女性に嫌われる男なんて、間違ってもなりたくないんでね」
「よく言うよ・・・」
そういって彼は呆れたように天井を仰ぐ。
そんな彼を見て、私は一番言おうと思っていた話を切り出した。
「それよりも・・・」
「何だよ」
「・・・ちゃんと責任、とるんだろうね?」
彼の瞳を睨んで言った。
「君は『彼女』の、辿るはずだった未来を握りつぶし、
 より不安定な道へと導こうとしているのだよ。
 その自覚はあるのかい?」
「ねーわけねーだろ。そこまで俺だってばかじゃねーよ」
彼はそう呟いて立ち上がる。
僅かにふらつきつつも、しっかりと立つと俺としっかり視線を合わせた。
「だから俺は拒絶した。一回や二回じゃねー、何度もだ。
 昨日だってあと一歩のところで止まったんだ」
「・・・」
「けれど、最終的には俺は折れた。
 あいつの...あそこまで熱い想いをぶつけられて
 拒絶できるほど・・・俺は大人になりきれてなかったんでね。」
そういって彼は一歩、私の方に歩み寄った。
私は引かない。結果、二人の距離は縮まった。
「だが・・・受け入れるからには、責任は取るさ。
 今までの全てを壊す、その決断をさせるからには
 俺もそれ相応の覚悟をもって答える。」
また一歩、彼が踏み込む。
二人の距離は僅か一歩分にまで距離が縮まる。
「この命の全てが尽きるまで、あいつに尽くす。
 この答えじゃ不満か? アトル」
心の底からの声、全てをかけた言葉、
そして呼ばれた名前。
再び沈黙が訪れ、先にその沈黙を破ったのはまたしても私。
「そこまで君が腹を括っているとはね」
「これが・・・最後だろうな」
「そうであることを祈るよ。いや・・・そうでなければ困るね」
「お前はあいつの親でもないのに何言ってるんだ」
心底嫌そうな顔を目の前の彼は私にした。
「『彼女』よりも君を思っていったのさ」
「どーだか」
そういって彼は踵を返し、私から離れる。
再び床に座り込んだ。
「明日、全てが決まる。
 あいつが決めたなら、俺はもう引き返さない。
 ま・・・あいつに比べたら俺の覚悟なんて軽いものだろうな。
 俺にはこの世界に捨てるものなんか何もないんだから」
その発現に、一瞬心が揺らぐ。
顔に出てないだろうか、それが心配だ。
幸い、彼は私に気に留めず、言葉を続けた。
「今更俺は何処にも引き返せない。
 ならばもう、後は進むだけだ・・・」
芯の通った彼の言葉。
きっと明日、どのような結論を『彼女』が出しても
その全てを受け止めるのだろう。
「そうか・・・ならば私からは言うことはないよ」
「ねーのかよ、研究員さん」
「その呼び方、止めてほしいのだけど。」
「事実じゃねーか」
「さっきは名前で呼ばなかったかい?」
「気のせいじゃねーか?」
どこか意地の悪い笑みを浮かべながら彼は私に言った。
「まあいいや、いずれにせよ私からは何も言えないよ。」
「ふーん、それはありがたい限りだ」
「でもやるからには上手くやるようにね。
 誤魔化すにも限界があるのだから」
「はいはい、迷惑はかけないようにしますよ」
「・・・一人でできるかい?」
「馬鹿にすんな!一応これでもちゃんと魔族だ!」
「君の魔力、弱ってるように見えるけれど?」
「・・・日の光をうっかり浴びちまったもんでね。
 でもこれだけありゃー十分だ」
気まずそうに彼は言った。
日の光を浴びた、という発言は気になったが、敢えて聞こえなかったことにしよう。
「・・・それじゃ私はこれで帰るよ。君も塔の中にいるみたいだしね」
「はいはい、もう来なくていいよ」
「言われなくても。帰ったら仕事がたまってるだろうしね」
そういって私は踵を返し、部屋の入り口へ向かう。
「・・・アトル」
私の背に投げかけられた言葉。
その言葉に思わず足を止める。
「何かな?」
「・・・ありがとう。」
予想外の発言。
思わず後ろを振り返る。
「お前には・・・何だかんだで助けてもらってばかりだったな」
長い黒い髪と部屋を覆う暗い影は彼の表情を上手く隠している。
「・・・私は何もしていないよ」
そう、何もしていない。
何も・・・出来なかった。
何かしてあげたかったけれど、何も・・・
「お前がそう思っているだけだ。」
「・・・」
あの時から・・・そう、彼がここに入れられてから15年が過ぎていた。
時を止めた彼、時を進んだ私。
二人の間には大きな溝が出来ていたはずだった。
けれど、今目の前にいるのはあたかも、私と同じように時を進んだ彼。
お互い子供だった過去、お互い大人になった今。
二人の間の溝は、何故か埋まって見えた。
たったこれだけの・・・そう、この数十秒の会話で。
「それと・・・」
「何かな?」
「・・・やっぱやめよう」
「気になるじゃないか」
これが最後の会話になるかもしれないのに。
言い残したことがあるのなら、言って欲しい。
「・・・女遊びは程ほどにしろよ」
「・・・一度逝っておくかい?」
最後の最後でこれとは。
「だからやめようっていっただろ?
 それを聞き出したのはお前だぜ?」
そういって苦笑いを浮かべる彼。
「・・・今君を殺してしまったら『彼女』が泣くからやめておくよ」
本当は別の理由。
きっと彼は別のことを言おうとしたのだろうけれど、
それは聞き出そうとしても答えてもらえないだろうから。
私は敢えてそう返した。
「それだけだよ、さっさと帰れ」
「ああ、帰るよ」
ここでこのまま帰れば・・・
私と彼の道は二度と交わらない可能性だってある。
だからこそ・・・私は踵を返し、もう一度入り口へ向かった。
そして振り返らずに、言葉を紡いだ。
「さよなら、クロス」
「・・・ああ、アトル」
背中に投げられた言葉に押され、私はそのまま塔を離れた。
15年前に互いを縛り付けた過去から、
互いに解放されるというのなら。
彼も、私も、その道を選ぶだろう。
たとえ・・・もう二度と、交われなくても。
そう、それが・・・
「きっと最善なんだ」
自分に言い聞かせる。
彼を失うことに・・・本の僅かな寂しさを拭うために。
束縛から逃れられるというのに、それに縋りたいと願う
卑しい自分を払うために。
「これではどちらが囚人(捕らわれ人)なんだか」
それ以上は何も言わず、ただ森を抜けることを考えた。
ここを抜けたら・・・全てが、解決しているように・・・

+++

森を抜けたところで、私は見知った顔3人とであった。
かける言葉に迷っているかのような表情の少年。
不安な気持ちを隠しきれていない少年。
いつもと変わらないように見えて、少し陰のある表情の青年。
彼らの顔を見ただけで。
(ああ、こんなことではだめだね)
そう自分に言い聞かせる。
「全く揃いも揃って酷い顔をしているね。
 私はそんなに柔(やわ)じゃないよ」
いつもどおりの笑みを浮かべていってやれば。
溜め息混じりに心配かけるなという少年(タイム)。
不安を拭いきれずも、苦笑いを浮かべる少年(ルカ)。
やっぱり見た感じ変わらないけれど、少し明るい表情を浮かべた青年(スカイ)。
「戻ろうか。気になるなら戻ってから話をするよ」
そう3人に声をかけて私は歩み始めた。
すぐには解けぬ鎖も、いつかは解放に向かうだろう。
彼らを見て、そう思った。
いや、そうじゃないと。
一番情けないのは私ということになってしまう。
それは・・・癪、だからね。

End

2008年9月7日
Written by Doukou-Maril




道行マリル様から頂きました。
コーラルの視点から見れば、始まりである部分も
クロスの視点から見れば、始まりだけではなく別れでもある。
アトルの最後の「さよなら」に、何だか切なさを憶えました。
素敵なSS作品をありがとうございました。

2008年9月9日 : 中原 良