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「The Clock tower of DARIL」 作 : 道行マリル 様 ※本編の10年後が舞台です。 それは誰かが言いだしたことか。 それは何処かにあったからか。 何処にもないけど、何処にでもあるもの。 * * * 「…おや、最近知ったのかいその言葉を。 この都市ではかなり有名な噂話だと思っていたんだけれど」 「…恥ずかしながら、昨日知ったばかりです」 「…そういう話には疎いんだな、ルカは…」 僕の言葉にアトルは驚き、スカイは表情は変えずともやや呆れた声で言った。 苦笑いしながらアトルは先ほど僕が問いかけたことに答えた。 「ああ、勿論聞いたことあるよ。『ダリルの時計塔』の話はね」 「私は本当に実在するとは思えないが…『ダリルの時計塔』の言葉は聞いたことはある」 アトルが言った後、スカイは続けた。 『ダリルの時計塔』 その単語を僕が初めて聞いたのは、昨日の闇空の日まで遡る。 * * * その単語を何気なく口にしただけであろう彼は、僕の反応に大いに驚いていた。 「…何その反応」 「いえ、…ダリルに時計塔ってありませんよね…?過去にはあったんでしょうか」 「は、え、ええ?お前まさか今日初めて聞いたのかよ」 黒い髪に隠された紫の瞳が動揺に揺れる。 …こんな戸惑っているクロスは初めて見た。 「…いや、あのさ、お前の方がよっぽどこの都市とか学院のこと詳しいよな?」 「…そう、思いますけど…でもその言葉は初めて聞きました…」 「…信じられねえ…いや、長くいる奴ほど『知ってるもんだ』と思われて話す機会がないもんか」 そういってクロスは一度空を見上げてまた戻した。 「クロスは何処で聞いたんですか?」 「ここに来てすぐのこと。アトルの親父の話はこの間したよな? そいつに割と早い段階で聞いたぜ」 そう言ってクロスは遠くを見つめた。 「…大切な思い出ですか」 「そんな大層なもんじゃねえよ。伝説の一つとして聞いただけだし。 ただ…単語自体は今でも覚えてただけだ」 「詳しく聞いてもいいですか?」 『ダリルの時計塔』それがどういったものなのか…理由なしに気になった。 僕の言葉を聞いて、クロスは軽く頭を書いた後、 「…俺より余程詳しい奴がいるだろ。おっさんとか」 と、呟いた。 「俺の記憶が正しければ、この都市ではかなり有名な伝説…あるいは、噂話だ。 おっさんはいろんな意見を聞いてるはずだぜ?」 その中に真実があるとは限らないが、と付け加える。 「わかりました、アトルに聞いてみますね。ありがとうございます」 「俺は何もしてねえし…」 「参考までに聞いてもいいですか?」 「なんだ?」 「クロスは…『ダリルの時計塔』はあると思いますか?」 「…俺は、実在した、と思うよ。でも今はないんじゃないか。 …あくまで、俺の考え、な」 そういって僕に背を向けて彼は歩き出した。 気がつけば、遠い空は白み始めていた。 * * * そして僕がアトルとスカイに 「『ダリルの時計塔』をご存知ですか?」 と聞いて、冒頭の会話に戻る。 お茶と菓子の準備をしながら、スカイは口を開いた。 「あるかないかわからないものについて聞いて、どうするんだ? ルカの力になるのか?」 それに対して僕は首を横に振る。 「そこまではわからない…ただ、何となく引っかかるんです。 さっきスカイは『実在するとは思えない』っておっしゃいましたよね」 「ああ」 「それはどうしてですか?」 「この街のどこを探しても見つからない。 文献でもほとんど見たことがない。 見たことがあるとすれば、そういう都市伝説の類の本で見たくらいか」 そういってスカイは僕の前にカップを置いた。 手際よく茶菓子も広げていく。 「スカイの考えも間違いではないと思うよ」 僕の隣に腰かけたアトルが言った。 「この都市の歴史は決して短くはない。 その歴史については全く分からないわけじゃないけれど… そのどの歴史にも、『ダリルの時計塔』が実在したという記録はないから」 「そうですか…」 「ただ」 そこでアトルは指を一本立てて続けた。 「不思議なことに、『実在した』という記録は一切ないんだけれど、 古いものから新しいものまで、書籍に『ダリルの時計塔』という単語が出てくることは珍しくない」 「実在していないのに…?」 「そう、『時計塔』というくらいだから街に実在すれば誰かの眼にとまっていてもおかしくない。 しかしその記録は残っていない。 それどころか跡地すら存在しない。 …にも関わらず、『ダリルの時計塔』は昔からずっと存在するんだ」 「…何処にもないのに、何処にでもある…」 「そう、そんな感じだね」 そういって彼は自身のカップに口づけ、一口飲んだ後、 「…この歳になってこの話をするとは思わなかったけど」 と苦笑した。 「も、もうそのネタでからかわないで下さいよ…!」 恥ずかしいのを隠すように僕もカップの中のお茶を一口飲んだ。 「ふふ、すまないね。でも、ルカ。 これは根拠のない私の想像なんだけれどね。 ルカは『ダリルの時計塔』に近い場所にいるんじゃないのかな?」 「…え?」 「マスター、それはどういう意味だ?」 僕たちの話を流し聞きしながら菓子を食べていたスカイもアトルの方を見た。 「『実在しない』のではなく、『実在したこと』或は『実在すること』が隠されているなら。 記録が『ない』のではなく、記録が『ある』にも関わらず隠されているのなら。 誰の眼にもとまらないのではなく、誰もがの眼にも映らないようになっているのなら。 …そう考えると、まるで何かに似てないかい?」 「…あ…」 「まあ、あくまでこれは私の妄言だよ。 …私は『何も知らない』のだから」 「僕だって全てを知っているわけではありません。…全てを知るときはきっと永遠に来ません」 「でも、『何も知らない』わけでもないよね。 …ルカが一番近いと考える理由はそこだよ。 クロスもそれを思って言ったのかな」 「…そこまで考えていたのか?クロスは」 「……いや、そこまで考えてなかったかもね。本当に何気なく頭に浮かんだ言葉を口にしただけかも」 苦笑いを浮かべながらアトルは言った。 僕はその言葉の意味を考えていた。 * * * その日の夕方、一人街に出た時、それは現れた。 街の中心部にある広場の方向に霞んで見える高い塔。 おぼろげな姿は砂漠の中の蜃気楼のようだった。 その塔の向こう側に空が透けて見えるような… …気がついたら僕は走り出していた。 その塔へ向かって。 その塔は何処かに消えてしまうどころか、僕が近づけば近づくほど、 形を露わにしていった。 決して透けて何ていなくて、そこにあった。 僕がその塔の麓に辿り着いたときには、上の方もはっきりと見えていた。 さっきまで霧がかかった様に霞んでいた上部には、時計盤がはめられ針がゆっくり回っていた。 それはこの地が時が流れていることを示している一方で… 気づいたら街の雑踏は消えていた。 耳には塔から響く音だけが届いていた。 眼には塔以外には空と大地が見えた。それ以外のものは何も見えなくなっていた。 僕は直感で察した。 (街の人が消えたわけじゃなくて… 僕が何処かに飛ばされたわけでもなくて… ここは…いつもの『ダリル』…ただ空間が隔てられているだけの『ダリル』) 上を向いていた視線をそのまま下におろした。 扉がある。 とても古い塔の、とても古い扉。 崩れそうでもきっちりと隙間なく積まれた煉瓦に囲まれた、錆のついた取っ手のない扉。 僕は導かれるようにその扉…板に手を当てて、…力を込めて押した。 「…わっ」 扉は予想以上に簡単に開いて、僕はそのまま前に倒れこむ。 バタンっと大きな音を立てて後ろで扉が閉まる。 打った体が痛む。 錆びていたから扉も錆ついていたかと思ったのだが、あんなに簡単に開くとは思わなかった。 思わずその思いを口にする。 「ビックリした…」 「それは我の言葉よ」 返事が返ってるとは思わなかったため、僕は更に驚かされた。 倒れていた体を起こして前を、上を見ると、そこには… 「…ここに我以外のものが立ち入るなど…何時ぶりになるのだろうか… それを数える意味はない、か」 何処か訛った言葉を話すその存在は、…何処にでもいる存在ではない。 それはすぐにわかった。 人の形をした、人でないもの。 「…精霊ですか」 「この世界の者共はそう呼ぶ」 僕の目の前に立つ者は淡々と答える。 僕はゆっくりと立ち上がり、改めて目の前の相手と眼を合わせる。 耳には針が動く音、鎖が巻かれる音、そして歯車が回る音が響き続けている。 目の前には時計を胸にかけた精霊。 ここは… 「ここは、ダリルの時計塔ですか?」 「この世界の者共にはそう呼ばれておるようだな」 表情を変えずに答えた。 「…何故…」 僕はそういって一度言葉を切った。 何故、その後に言いたい言葉はいくつかある。 僕が言いかけるも黙った後、目の前の精霊はその続きを勝手に紡いだ。 「何故、主はここに入ってこれたのだろうな」 それは、僕も知りたい。聞きたい。 「僕も…聞きたい。ここは…」 「ここは何人(なんびと)たりとも入ってくるものはなかった。我が他人の声を聞くのは実に久しぶりだ」 「…いったい、ここは何なんでしょう…」 「ここは時の軌跡の上にあるもの。我は時の軌跡を記憶する者」 金属がぶつかる音がやけに煩く響く。 けれどそれ以上に目の前の精霊の声がしっかり響いている。 「主に問おう。主は何が知りたい?」 「え?」 「我は時の軌跡を記憶する者。この街が刻んてきた時を全て記憶する者。 過去から現代の全ての事実を知る者。 主の知りたいことは何だ?」 「……」 目の前の者の問いかけの意図を知った。 そして僕は、その答えを言った。 「…何も知りたくありません」 「……」 僕の答えを聞いて、彼は表情を変えなかった。 まるで、僕の答えの続きを催促するように。 「誰かが隠したいと思ったものを暴く趣味はありません。 誰かが封をしたものを解き放つ趣味もありません。 誰かが塞いだ口をねじ開ける趣味もありません。 …僕は、普通にこの街で生きていければいいんです。 心から尊敬する友と過ごす日々があればそれでいいんです」 「何故、主がここに入れたか、確信が持てた。 主はあの者に似ている」 「…貴方の同族にはよく言われますよ」 そういって僕は笑った。 目の前の精霊も…初めて、笑顔を見せた。 「望むものには決して足を踏み入れることは叶わぬ。 欲望に溺れる者に見せるものなどない。 …ただ、その者の生きる道を生きればいいのだから」 でも、と更に続ける。 「主は少しくらい惑わされてもいい」 「…え?」 「前ばかり見ていては周りを見えなくなる。 上ばかり見ていては下が見えず転んでしまう。 走り続けていれば小さな輝きを見逃してしまう。 …主はあの者によく似ている。 だが主はあの者とは違う道を行くだろう。 我は未来は何も知らぬ。主がどういう道をこれから歩んでいくかは知らぬ。 だが…主が少しでも良き道を行くことを願わずにいられん」 そういって苦笑いを浮かべ、そっとその左手を上げ、僕の右頬に触れた。 「何も知らない方がいい。主が行きたいように生きればいい」 そう、微笑み言った。 僕は…その手に自身の手を重ね、笑って「ありがとう」と言った。 そして、続けた。 「二つ、教えてください。 一つ目…『ダリルの時計塔』とは、何なんですか?」 「『ダリルの時計塔』はダリルの何処にもないが何処にでもあるもの。 常にあることで常にその全てを記憶するもの。 常にないことで常にその存在を曖昧にするもの。 記憶の意思、世界の願い、非常に曖昧な存在よ」 「では…二つ目、貴方は?」 「我はこの塔そのもの。この塔の意思。 この塔の精霊。時を司りし精霊。 消えるときにも次の世代に全てを託し、ただ一人で全てを残すもの。 全てを守るもの。何れ『ダリル』が消えるときまであるもの」 「…その名前は?」 「『ダリルの時計塔』」 「それはこの場所の名前でしょう?」 「我は塔そのもの」 「いいえ、違います。例え運命を共にしていても、別のものには違いありません。 …僕は決して精霊には詳しくない。でも遠いわけでもない。 その程度の歪は見抜けます」 僕は真っ直ぐに目の前の精霊を見据え言った。 目の前の精霊は軽く溜息をついて 「…はるか昔に、幾つか前の世代の者が呼ばれた名があった。今となっては無用のものだろう」 「その名は?」 「『クロニー』」 「クロニー。…二度と会うときはないのかもしれない。 でも、貴方のことはきっと…いえ、絶対に忘れません。 ダリルは…まだ、壊させません。僕が、誓いましょう」 金属の叫びが気がついたら落ち着いていた。 まるで、僕に何かを訴えていたようで、でもそれがもう必要なくなったというように。 「…我は主のことも知っている。 でも敢えて尋ねよう。主の名を、我に教えたまへ」 「ルーカス・ケインズと言います」 「我は主のことを忘れぬだろう。我は全てを記憶する者。 …だが主と話したことはまた特別な記憶となるだろう。 それは我の記憶。『塔』の記憶とはまた異なるもの」 「…ええ」 僕は改めてクロニーの手を握った。 「…もう行くがよい。この塔の記憶に呑まれぬうちに。 この塔に取り込まれぬうちに。 この塔に記録を『見せられる』その前に…」 「ええ。ありがとうございました」 そしてその手を離して、扉に手をかけた。 後ろは…振り返らず。 * * * 気がついたらそこは街の広場だった。 立ち並ぶ建物、騒めく雑踏、横切る人々。 そこは…いつものダリルだった。 先ほどの光景を見た後だからか…本当に、ここはいつもいる世界なのか、という疑問が浮かびかかる。 が、それはものの一瞬で破壊された。 「ルカー!」 名前を呼ぶ声がする。かつてよく聞いた声だった。 その方を見ると、茶髪の青年が手を振っていた。 傍により、僕がそれに答えた。 「お久しぶりです。遊びに来ていたんですね、タイム」 「おう。…本当は少し前にも来たんだけど」 「あれ、そうなんですか?」 「でも闇空だったから結局そのまま帰ったんだよ」 「本当、タイムってついてないよねー」 そう、タイムと顔のよく似た弟のラスが笑いながら、僕らの会話に割って入った。 それを受けてタイムは軽く溜息をついた後、改めて僕の方を見て続けた。 「今日は会えてよかったよ。ああでも、相変わらず忙しいのか、研究所って」 「何時も暇、ってわけではないですね」 「だよなー…」 「…でも、今日はもう予定はないですよ。折角ですし、少し話しませんか?」 「お!いいぜ勿論。その為に来てるんだから。ラスも一緒でいいよな?」 「勿論。断る理由なんてありませんよ」 「ありがとうー」 僕の答えにラスはニコニコと笑いながら言った。 この街から出ていったもの、この街に拒まれたもの。 二人が仲良く話している様子を見ていると複雑な心境にもなる。 けれど。 ----- 「…?」 ふと耳元を掠めた『何か』に思わず後ろを振り返る。 そこには… 「…ルカ?どうした?」 「…いえ、何でもありません」 何でもない。何もない。 …先ほどまで確かにあったと思ったものが『ない』。 それが…普通、だった。 …そう、それが、当たり前の景色… 「…何でもありませんよ。さて、何処に行きましょうか」 「ん、何でもないならいいけど。あ、あのカフェってまだある?」 「ありますよ。…そうそう潰れるような場所じゃないですよあそこ」 「俺はほとんど入ったことないなー。二人はよくは行っていたの?」 「学生の時はよく話しに行きましたよね。…とりあえずそこに行きますか」 そういって、僕は二人の背中を軽く押した。 この世界に確かにいることを、この世界に確かにあることを確かめるように。 (…僕は、この世界で歩いていくのだから) 目に映らない真実を確かに記憶に刻み込んで。 ----- -----過去に呑まれる必要はない -----現在を進んでいけばいい -----未来は自ずとそこにある -----我は過去を刻むもの -----我は現在を見るもの -----我は未来は知らぬもの -----時に迷うのも良いだろう -----時に後ろを振り返るのもいいだろう -----時に立ち止まるのもいいだろう -----それでも、前に進め -----後ろに向かっては歩めぬのだから -----己を信じて、最後は、唯前に進め -----我はただ見守る者 ----- He's existed somewhere, He's existed nowhere. He's Name is "Chrony", or "The Clock tower of DARIL". |
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『Talisman』10周年記念の作品として道行マリル様から頂きました。 このSSは『霧の街』の頂き物SS『ダリルの時計塔』と内容がリンクしています。 実際に10年という時を経ましたが、それでもキャラクター達は変わらずに 今でも誰かの記憶の中に居られたことが、ただただ本当に嬉しかったです。 素敵なSS作品をありがとうございました。 2014年1月30日 : 中原 良 |