* 「†† White Wing 〜闇空に生まれし存在〜 ††」 作 : 朔龍夜銀輝 様


『ただ光が欲しかった…
 自分で造り出してでも手の届く距離に存在が欲しかった…』

『苦しくて辛くて何かに縋りたかった…
 ただこの苦痛を解き放ちたかった…』

相容れない光と闇。
交錯しない姿と力。

苦悩する男はある存在を生み出す。
暗く妖しく月が光る、そんな日に。
自分の唯一の『望み』を託して…………


夕暮れ時、アトルは学院の近くにある川辺にいた。
オレンジに燃える太陽が水面を染め世界が一つの色で統一される。
緑の木々も雲が無い空もアトルの姿までもをオレンジに染めていく。
同じ色に染め上げる事で世界は一つだと言う様に。
自分の存在を受け入れて一緒に染め上げてくれる世界。
孤独だと感じるその心が少しだけ安らぐ時間帯。
アトルはこの瞬間が好きだった。
そして、同時に嫌いだった。
自分の存在を撥ね付けないけれど、包み込んではくれない。
ただ、流れる様に染め上げるだけで一人だけ特別になれるわけではない。
孤独では無いと安心し、自分は独りだと再認識する。
相反する心の矛盾はいつもアトルを苦しめた。
それでも、一時の安らぎがなければ壊れてしまう心の為に時間を作ればここへ来てしまう。
大木に背中を預ける様に座ったまま、自然と溜息が零れてくる。
(また、闇が近づいて来た……)
アトルは天を仰いだ。
先程より幾分か暗くなり始めた空。
オレンジの夕暮れが夜の帳を受け入れ刻一刻と黒いベールに包まれていく。
夜の主も顔を出し始め確実な夜の訪れを告げていく。
その様を見つめながらアトルは呟いた。
「……かり……が…ほし……」
だが、その呟きは悪戯に吹いて来た一陣の風によって跡形も無く消し飛ばされ、誰に届く事も無く消滅した。
自分の耳にさえ僅かにしか届く事は無い程に……。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「明日はもう……」
アトルは誰に言うでもなく独り言の様にポツリと言葉を紡いだ。
明日は自分にとって来て欲しくはない日。
きてしまえば自分が狂ってしまうのではないかと思い続ける程、辛く苦しい日。
それでも、心の片隅に何故か待ち望んでいる自分がいる。
「アトル?」
声がした方を向けばタイムとルカの姿がある。
中庭の少しひらけた芝生の上に三人は思い思いに寛いでいるのだ。
小さめな樹の木陰に座っているアトル。
アトルの前の芝生に寝転がっているタイム。
タイムの隣に座り青い空を見上げているルカ。
柔らかな風が吹いてきて三人の髪を優しく撫でて行く。
「何か言いました?」
タイムの言葉に続く様にルカがアトルに疑問を投げかける。
空を仰いでいた瞳はアトルの顔を伺い見ている。
「いや…。何でもないよ。」
いつも顔に浮かべている彼独特の笑顔でルカの方を向く。
タイムとルカはその笑顔を見ても訝しげな感じは拭えなかった。
だが、それでも彼が自分から話をするタイプではない事を知っている為にそれ以上は詮索しなかった。
また穏やかな風が三人の髪を撫でて行く。
ゆっくりとした時間。
日もだいぶ傾いて空の向こうは薄らとオレンジ色に染まり出している。
三者三様にその景色は心に刻まれていく。
その景色を見ながらルカも呟いた。
「明日は授業出来ませんね、きっと…。」
アトルと違いルカの呟きは二人の耳に届く大きさではあった。
タイムは瞑っていた目を開けルカを見る。
反対にアトルはルカの方を向いたまま目を閉じる。
また空を仰いでいたルカは二人の行動を見なくてもなんとなく肌で感じ取っていた。
隣で服の擦れ合う音が響く。
これも見なくてもルカにはタイムが起き上がったのだと確信が持てた。
タイムの視線はルカに向けられたままだ。
「明日の授業は出来ない?」
座り直してからやっと疑問を口に出すタイム。
彼の顔には困惑の表情が広がっていて言葉の意味を理解出来ていないと容易に想像が出来る。
そんな彼をアトルは目を開け見つめる。
(何故、気付いているのに言葉の意味を読み取れないのか…)
タイムを見つめたままアトルは盛大な溜息をついてしまった。
鋭くはないとは思っていたが、ここまで鈍感だとは最近やっと気付いた気がする。
本人に悪気が無いのはわかってはいるがここまで鈍いと少し恨みがましく思ってしまう。
悩んでいる自分が滑稽に見えて。
「タイム。この空気の異様さを感じとっていない訳じゃないですよね?」
アトルの無言の非難を感じ取ったのかルカのフォローが入る。
その言葉を聞き暫し考え込むタイム。
そのタイムを端に捉えながらアトルの思考はだんだんと心の内に入っていってしまった。
(明日は闇空…。闇の魔力が増大する日…。)
ルカに何かを捲し立てているタイムの姿がぼんやりと映っている。
それでもアトルの思考は内に向いたままだ。
(闇空を経験する度に重く冷たくなって行く腕………。)
アトルの左腕。そこを自分の右手で無意識に触ってしまう。
他からは袖で隠れて見える事がないが触ればその感触は嫌でも伝わる。
金属に覆われている腕。
何個ものリングが彼の腕を覆い隠している。
彼の腕には封環が幾重にも嵌められているのだ。
「……トル。アトル! アトル!!」
ハッと気付くとアトルの目の前には心配そうな顔のルカと怪訝な顔のタイム。
周りを見渡せば先程よりも日が落ちた中庭。
自分がどれだけ思考に入り込んでいたのか気付いた。
「どうかしたのかよ? さっきから変だぜ? 今日はずっとボーっとしてる。」
タイムの言葉に何時もなら「そんな事は無い」と返せるのに、今日は返事につまるアトル。
表情にいつもの穏やかな笑みは浮かべられていない。
それがアトルが普通ではない事を指し示している。
返事を返さないアトルにタイムはますます不振を募らせる。
「ですから、タイム。明日が何の日か気付けば解りますって。アトルの様子が変な理由も。」
どうやら、ルカとアトルがしていた会話は明日についてからアトルについてに変わっていたようだった。
アトルの思考が飛んでいる間に。
「明日が何の日か?」
再び考え始めるタイム。
タイムの思考が飛んでいる間にルカはアトルにそっと耳打ちをする。
「タイムは僕が引き受けますから、今日は早めに帰った方がいいですよ、アトル。本当に辛そうですから。」
その言葉にアトルは無言で立ち上がる。
ルカに目だけで礼を言うと、足早にその場を後にする。
後ろではタイムの「わかったーーっ!」と言う声が響き、ルカの「だからと言って叫ばないで下さい!」と少しばかりきつい一言が聞こえている。
二人の台詞に心の中だけで笑いながら、アトルは自分の家へと足を向ける。
空はもう闇の支配が広がりつつある。
踏み締める芝生も暗くてよく見えにくい。
遠くの空には恐いくらいに綺麗な月が顔を覗かせている。
それでも、明日に見える月よりもずっといいとアトルは思った。
一日中顔を出している嫌になるくらい美しく輝く月。
太陽が顔を出す事はなくずっと一日暗いまま。
自分の体に眠る属性の魔力を増幅させる日。
家路へと急ぎながらアトルは感じていた。
明日はいつもの年と違うかもしれない…、と。
漠然とした不安を抱えつつアトルは夜の闇に紛れて行った。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

アトルはなかなか寝付けないままベッドに横たわっていた。
暗い部屋では時計を確認する事は出来ないが、多分夜中の十二時を回ったのではないだろうか。
部屋の空気が普段と違った気配を漂わせ始めている。
目を瞑っていてもアトルの意識は回りの気配に敏感に反応してしまう。
体内に宿る魔力が喜びの声を上げているのが解る。
ギシッと音をさせて寝返りを打つ。
それでも眠気が襲ってくることはない。
むしろ、余計に頭が冴えてしまった感覚を覚える。
(魔力が満ち溢れている。俺の器を易々と超えて……。)
仰向けに体を持っていくと見慣れた天井が目に飛び込んでくる。
(また、魔力が強くなった。)
アトルの体は最早魔力を受け止めきれていない。
魔族であったと思われる母親から受け継いだ闇の魔力。
それを抑える為に逆属性の封印や封環の研究をしている。
それでも、抑えきれていない魔力。
闇空の日にはさらに強くなって抑えきれない。
自分の属性は完全な闇。
人に恐怖を与える闇属性。
アトルはベッドから立ち上がった。
窓辺に近づくと月が空で光り輝いている。
その月明かりに浮かぶアトルは魔族の血を引いている様には見えない。
金色の髪、蒼い瞳、そして……神の使いを思わせる白い翼…。
闇の魔力の中で唯一の『光』。
「うっ……っ!?」
突然アトルは苦しみ出した。
窓に手をかけて倒れる事だけは免れているが立っているのが辛そうに顔が歪む。
(魔力が……溢れ出してくる…)
アトルを纏う威圧感が先程より恐いくらいに増している。
溢れ出す魔力が抑え付けている力を撥ね退けているのが感じて取れる。
「…ひ…かり……」
たったそれだけ言葉を紡ぎ出した彼は、部屋の扉へと思う様に動かない体で進んで行く。
ノブへと手を掛けゆっくりと扉を開けると廊下を必死に歩き、ある部屋へと向かっていく。
彼が目指す場所はただ一つ、彼が普段研究を行っている部屋。
そこへ彼は重い足取りを進めて行く。
廊下の窓からは月明かりが差し込んでいた。
普段の夜とまた違った雰囲気を醸し出す闇空の日の月明かり。
その明かりの中をアトルはひたすら前へ前へと進む。
ようやく辿り着いたのは厳かな彫刻で飾り付けられた木製の扉。
その扉はアトルが手を翳しただけで静かに、ただ静かに開いていった。
部屋の中心にあるテーブルに彼は近付く。
倒れそうになる体を何とか持ち堪えさせテーブルに手を置きながら何かの詠唱を始めた。
手に現れた魔法陣は背中に生えている翼を包み込み始める。
詠唱が進む中、その翼は姿を消していきテーブルの上にはだんだんと人の姿が現れ始めた。
詠唱はどれくらい長く続いただろう。
一時間? 二時間? それぐらいの時間はたったのではないだろうか。
その間にアトルの闇の魔力は何故か強くなっていくように見えた。
部屋の空気が悲鳴を上げている様に聞こえる。
そして、遂に詠唱が聞こえなくなった。
テーブルの上には銀の髪を持った青年が横たわっている。
青年の体は淡い光で包まれていた。
窓から差し込む月明かりを弾き飛ばす様に淡く、しかし、しっかりと光り輝いている。
アトルは詠唱を終えた時から力が抜けたのか床に座り込んでいた。
床に置いている手は僅かに震えている。
その震える手で背中に手を伸ばしてみる。
そこには唯一の光であった白い翼はもうなかった。
自分の中にあった光の欠片を彼は魔法人形(マジックドール)の型を作り出す為の源にしたのだ。
それでも彼は笑っていた。
自分で光を作り出せた事に満足をしていた。
(光を造り出せた…)
アトルは青年を見ようと立ち上がり青年へと手を差し出した。
すると、アトルの体に異変が現れた。
アトルの体から溢れ出す魔力が一箇所に向かって流れて行ってしまう。
「っ……!?」
(な……にっ?)
異変はアトルだけでなく青年の体にも現れ始めた。
青年を纏っていた淡い光が少しずつ失われていく。
変わりにある一箇所から闇の魔力が流れ込んでくるのが見てとれる。
アトルの魔力は青年へと注がれてしまっているのだ。
アトルはその様子を呆然と見ているしかなかった。
光を造ろうと青年を組み立てた。
光の存在を造ろうと。
自分にはない光属性。
それなのに今の状態はなんなのか。
止めなければと考えるのに止められない自分がいる。
魔力の流出。
溢れ出してしまう魔力が注ぎ込まれている。
自分を苦しめた魔力が今は自分を苦しめない。
心の奥底で叫ぶ自分がいる。
止める必要はない、…と。
アトルの思考はそのまま薄れていった。
流れて行く魔力を気にしながらも意識は彼方へと飛んでいった。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

朝の光が横たわるアトルへと注ぎ込まれる。
薄らと目を開ければ眩しさで目が眩む。
それでも必死に開けて周りを見ると自分が寝ているのは研究室のソファー。
ご丁寧にタオルケットまで掛けられている。
(一体誰がこれを?)
アトルの視線は自然と周りへと向けられる。
部屋には誰もいない。
窓へと視線を走らせると開け放たれた窓から涼やかな風が流れ込んでくる。
アトルの髪がその風に遊ばれると扉がカチャッと音をたてて開いた。
「お目覚めですか、マスター。」
声のした方へと視線を巡らせると無表情な青年が立っていた。
それが、誰なのか考えると昨日の出来事が蘇ってきた。
「ああ。」
それだけ答えるとソファーから立ち上がる。
銀色の髪に、真紅の瞳を持った彼はどこから見ても魔法人形(マジックドール)。
昔より言い伝えられている魔法人形の容姿そのもの。
窓へと近付くと涼やかな風は優しくアトルの頬を撫でて行く。
昨日の闇空が嘘の様に晴れ渡った空。
どこまでも青い空には優雅に飛んでいく鳥がいる。
その鳥を見てふと思った。
「まだ、名前をつけていなかったね。」
青年へと顔を向けると彼は入り口近くに立ったままだった。
「はい。名前はまだありません。」
青年はたんたんとした口調で答えた。
「スカイ・リスター。それが君の名前だ。」
「スカイ?」
アトルを見ていた彼の視線は窓の外に広がる空へと移される。
その意味を悟ってアトルの口からは苦笑が漏れた。
「『空』の『sky』ではないよ。『翼』だ。翼の意味の『skye』だ。私の白い翼から生まれた君にはぴったりだろう?」
今日は自然と笑う事が出来る。
昨日までの数日は闇空の影響で気を張っていた。
それでも、今日はスカイのおかげで強すぎる魔力がいつもより大人しい。
「『翼』…ですか。」
スカイはアトルの言葉を繰り返す。
その意味を理解出来たかはわからないが納得はした様で視線はアトルへと向けられる。
その視線を受けながらアトルの瞳はまた空の鳥へと向けられる。
白い鳥が翼を羽ばたかせながら青い青い空の彼方へと飛んでいく。
太陽の光を一心に浴びながら。
アトルにはそれが眩しすぎる様に見えた。
「さて、そろそろ研究院に行かなければならない時間だね。」
空に昇っている太陽と手元の時計を確認しながらアトルは部屋の出口へと進む。
「スカイも一緒においで。研究院に出入りさせてもらえるようにしよう。それと私に敬語は禁止だ。解ったね?」
「わかった、マスター。」
アトルの後に続いてスカイも部屋を出て行く。
開いている窓から新緑の匂いが混じった柔らかな風が流れ込んでくる。
その風に遊ばれて床にあった白い一枚の羽が青い空へと泳いでいった………。



【END】



朔龍夜銀輝様から頂きました、アトルがスカイに命を吹き込んだ日のお話です。
闇空の日にアトルが話していたことと、その時の出来事。
スカイがアトルに敬語を使わない理由への持っていき方が、成る程ーと思いました(^-^)
素敵なSS作品をありがとうございました。

2004年4月5日 : 中原 良